旧伊勢本街道を歩く

1. 枚岡~近鉄奈良周辺


2017年12月28日から翌年2日にかけて、伊勢本街道を大阪から伊勢まで歩いた記録。

伊勢本街道、正式には玉造がスタートらしいが、枚岡神社近所に住んでいるので、ここから歩き始めた。2日以上の歩き旅はおそらく10年以上ぶり。2ヶ月ほど前の登山で両膝を痛め、体力よりもそちらのほうが心配だった。当然ストックは持って行った。

一日目の行程は精神的に余裕がなく、撮った写真も数枚しかなかった。普通に歩いてもかなり遅い部類かと思うが、初日とあってペースも極力落とし、暗峠を越えるときは何人かの中高年ハイカーに追い抜かれた。生駒に下りるまではまだ良かったが、そこから奈良までのルートがはそれと言った道標もほとんどなく、地図だけが頼りである。一応歩きとおしはしたものの、本街道を通ったのかどうかはいまいち不確かであった。

 

12月の終わり、まだ実の落ちていない柿の木や柑橘系の実のなっている木が多く目に付いた。たぶん渋柿が大量についている大きな柿の木を見ながら、あれを全部干し柿にしたら儲かるだろうと考えたりした。それでも持ち主がやらないということは帰って儲からないからだろうか。干し柿は美味い。

持った荷物は2,3日のテント泊縦走程度、ザックふくめた重量は15キロほど。なれないので足よりも先に肩が痛くなった。近鉄奈良まで一直線に続く四条通に入るころにはもう日が落ちていた。幸い膝は痛まなかった。体力もそれほど尽きてはいなかったはずなのに、肩の痛みのせいで息が切れるという説明のしづらい状態に陥っていた。

暗峠で念のためつけていた熊鈴(注:生駒山に熊は出てない。いのししは先日大群に出くわした。葛城山では出たというが)をはずしていなかったので、りんりんと奈良の街中でならしながら、街行く人の注意を図らずも引いてしまった。モンベルの音色の安らかな鈴を使っているが、遠めに冥土の鈴のようにきこえるので、みんなをハッとさせたかもしれない。大変申し訳ないことをした。

四条沿いには飲食店が多く並ぶ。通りすがったもつ鍋屋に入りたかったが、行程1日目で飲み食いに走るわけには行かず、ここは遠慮した。JR線を潜るころからより人通りが多くなった。いつもは外国人が多いはずだが、なぜか今夜は日本語ばかりが聞こえた。この日は中心から少し離れた小さな公園のベンチで夜を明かした。

【第一回了】